プジョー505は、13年間10万キロ乗り、車検、修理代合計は500万円にもおよびました。
冷静に考えれば、特に日本車愛好家から見れば、バカげた数字であるかも知れません。
趣味の車でもない、ただのセダンにどうしてここまで愛着がもてたのか?
505より速くて、静かで安楽な車を探すのはたやすい事です。しかし、度重なるトラブルから修理にかなって帰ってきたプーさん(505の事)のシートに座りステアリングに手をかけると、ホッとするのである(ちょうど旅行から帰ってきて楽しかったにもかかわらず「あ〜あ我が家が一番」と感じるがごとく。 |
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505を長く乗り続けたのは、プジョー最後のFR車である事、デビューが79年なのにピニンファリーナによるデザインはあせるどころか彫刻の様に美しく無駄がない。特にピニンファリーナのデザインで好きなのは、フロントガラスの角度(最近の風力抵抗からコンピューターデザインされた極度に傾斜したのは、好きではない)から流れる様に続くリアガラスからテールにかけての処理。(89年式以降のリアウイングは×)
四隅がはっきり確認でき、大きさも(4m50)良い事。
シートも見かけは普通だが、厚みがあり長距離走っても全く疲れない。 |
ステアリングの形状、握りの太さも良い。体と直接触れる部分は大事なポイントと考える。
ブレーキは、あそこらへんで止めようと思うと、まるで足の裏とタイヤが直結しているがごとく、ス〜ッと止まる。
サスペンションは、低速では硬いが、80キロを過ぎたころからはフラットになるが、サスとステアリングから、路面状態の情報は的確に伝わる。
ただし,高速走行時は、前輪が浮き、ステアリングは心もとない。 |
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細かいことは、さておきフランス車が魅力的なのは、生活の道具として作られた実用車であり、ドイツ車の様な高性能、イギリス車の様な香りたつ気品、イタリア車の様に血沸き立つ刺激などは望めない、あくまでも生活に必要な性能だけを盛り込んだ合理的な車である事。
言葉にも数値にも表せない、スピードメーターの針ではなく、「心」の針を震わす走りがあり、さりげなく静かに満ちて来る何かがあった。505の次にプジョーを選ばなかったのは、シトロエンBXで味わったハイドロをもう一度経験したかったのと、エクザンティアは、5ドアハッチバックで、荷物をたくさん積めるから。 |
最後にフランス車に乗ることで、お知り合いになれた車ジャーナリスト「笹目 二郎氏」の言葉。
「最近の車は確かに良く出来ている。しかし、非難される事を承知で極端な言い方をすれば、三日で飽きてしまう車がほとんどだ。 |
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それが、NSXの場合は、3週間に延びたにすぎない、これはどういう意味かと説明するよりも、なぜポルシェは一生共に暮らしてもいいと思えるのか、フェラーリで飛ばせたならば死んでも本望と思う人がいるのか、このあたりをじっくり考察する必要があるのではないかと言う事だ金属・化学製品・皮革布など同じ様な材料で出来ているにもかかわらず、なぜ愛着がわき、付き合いにくい点がはっきりしているにもかかわらず、なぜ手放す気にならないのだろうか」 |
そして、最後に私の一番好きな言葉
「あなたを語る車がある、さりげない個性が魅力であり素晴らしさは、その知的バランスにある、大切にして欲しい、機械とは言い尽くせない素晴らしい車たちを!」 |