| 今回は、よく「フランス車ってよく壊れるって聞くけど本当?」と言う多くの方々の疑問に、たった3台と言う少ない経験からではありますが、お答えしたいと思います。
まず、新車で購入したシトロエンBX 19TRSは、一年間の間に
・カーステレオがすっぽ抜けた
・助手席シートの調整きかず
・ウインカーレンズが外れた
・スピードメーター不動(交換)
⇒おかげで3千キロが「0」になって帰ってきた。
・ アクセルペダルの戻りがしぶくなる
⇒死ぬかと思った。
(笹目氏は、某F車テスト中300キロ近くでバンクに入りアクセルがもどらず、冷や汗をかかれたと聞き、それに比べればなんて事ないか?)
・オートマポジションマークがずれて、どこに入っているのかわからなくなる
⇒(ただでさえ、節度感に欠けるグニュグニュタッチなのに)
・サンルーフ不動
・ドアロック胡椒
・ルームランプカバー脱落
・オイル漏れ
保障期間なので無料でしたが、笑えるものもあれば、笑い話しでは済まない物もあります。
しかし、存在感があり、暖かくシトロエンを所有・・・いや、シトロエンと共に暮らす喜びを与えてくれたくるまでした。
けっして音質は良くないが気持ち良く回るエンジン、お尻で優しく体をささえてくれる絶品のシート、絶妙なるブレーキング姿勢としなやかな乗り心地、低速でも高速でも楽しい車は数少ないと思います。エンジンONでまるで生きている様に、猫が背伸びをする様にからだを持ち上げ、OFFでス〜ッとまるで「お疲れ様」と言う様に吐息をはく、BXはベストじゃなくオンリーワンだから。
慣れ親しんだ車との別れはいつも、一抹の寂しさを感じるのが今までの常でした。
でも、BXは違った!悲しいのである、涙が出るほどに・・・。
そんなBXの次にプジョー505を購入したのは、製造中止真近だったのと、カーグラで、田辺氏も笹目氏も絶賛しておられたのと、ベルトーネデザインも良いが、ピニンファリーナの品のあるスタイルにほれ込んだのからです。
プジョー505は当時、年間120台ほどが輸入されていて、89年3月の時点で、88年型14台 89年型76台の在庫がありました。
89年型は、ステアリングの形状とリアウイングの形状が変更されており、その両方共気に入らず、88年型に変更してくれるか、ディーラーに問いましたが断られてしまいましたが、当時、横浜でイブに支店長の深松氏(この方との縁を語るのは、またの機会に)に打診したところ、あっさり入手できる事となりました。
13年10万キロ 50数枚におよぶ請求書をご報告しようと思っていた矢先エグザンティアが「前代未聞」とウエストリバー社長が驚くトラブルが発生!
505の報告は、またの機会にするとして、505はよく壊れました、しかも不動になる様なトラブルになる事が多かった・・・とだけ申し上げておきます。
廃車にする前に撮った記念写真に写った私の顔は、憔悴と悲しみでとてもお見せできる状態ではありませんでした。(ステアリング・リヤウイング・ホイルカバーは記念に外してもらいました、未練がましいでしょう・・・)
現在の愛車エグザンティアは、2001年11月に505が不動になり、すぐに次の車が必要になりましたが、新型車で気に入ったのがないのと、資金不足から中古車を探す事になりました。
消去法で最後に残ったのは、サーブ900とエグザンティアでした。
そこで、ウエストリバーさんに頼み、エグザンティアをオークションで探してもらう事になりましたが、低走行・サンルーフ・左ハンドルはなかなか出て来ず、結局写真も見ず仕様も解らずの状態でお任せしました。
来たのは、95年型 4万弱走行のグリーンでしたが、リアウイング付きでした。
部品交換・傷の塗装ルームクリーニング・ワックスがけで、そこそこの金額がかかりました。
しかし、歴代の兄弟と違い、高年式にもかかわらず、トラブルフリーでした。
朝、祈る気持ちでエンジンキーを回す事から開放されただけでも気が楽になりました。
乗り心地(フワ〜ッと浮いた様な)やシートはBXの方がフランス車らしいですが、人にお薦めできるほど気に入って愛着も増しておりましたが、10万キロを走った9月1日 ハイトコントロールを交換 その3日後 悲劇は起こりました。
9月4日(日)前日までは奈良まで快適なドライブ、この日午前中は家内が買い物に、そして夕方、犬の散歩にと駐車場に出てみると、なっなっなんとボンネットがへしゃげておるではないか! |